INTERVIEW

新たに植えられた私たちが、風景の一部になるまで。 後編

新たに植えられた私たちが、
風景の一部になるまで。 後編

グラフィック・デザイナーで写真家の前田景さん、レストラン〈SSAW BIEI〉を営む料理人のたかはしよしこさん夫妻が、北海道の美瑛町に引っ越してきたのが2020年のこと。景さんの祖父で風景写真家の前田真三さんが作ったフォトギャラリー〈拓真館〉の運営を父の前田晃さんが引き継いでいたために、景さんにとっては幼い頃から遊びに来る場所でした。結婚後は夫婦にとって大事な土地となり、娘の季乃ちゃんが生まれてからは「自然の中で子育てをしたい」と移住への思いが強くなっていったと言います。景さんは〈拓真館〉の運営を引き継ぐことを決め、よしこさんは敷地内の森の中にレストランを作ります。新しい日々を歩み出した二人に、美瑛での暮らしと子育てについて聞きました。 前編はこちら

ランドセルにキノコを詰めて
最高の通学路を帰ってくる。

―― 家族三人で、美瑛という新しい土地を知っていくわけですね。

前田景(以下、景) やっぱり子どもが一番順応して、一番前を進んでいますよね。

たかはしよしこ(以下、よしこ) 今まではバスだったんですが、4年生になってから自転車通学になったんです。行き5キロ、帰り5キロの往復10キロの道のりで、送り出す時に、親としては本当に怖いんです。トラックもたくさん走っているし、観光地だからレンタカーで不案内な人も多いから。でも、本人は「大丈夫。最高に気持ちいいんだよ」って言うんです。「本当に眺めがいいんだよ」って。そう胸を張って言える、通学路なんて最高ですよね。逞しくなって、寝る時間が一時間早くなりました(笑)。

 並の10キロじゃないんですよ。大人でも自転車を降りて押すぐらいの坂ですから。

―― 美瑛に移住して、よしこさんの専門分野である「食」に変化はありましたか?

よしこ 東京ではお取り寄せばかりしていたのに、美瑛には生産者さんがいるので直接会いに行ってます。みんな優しくて、個性豊かで面白いですよ。東京のスーパーにはなんでも揃っているけれど、美瑛ではそうはいかない。でも、その分、季節のものしか食べなくなりました。すると体が強くなったように思います。毎年春先には、花粉症のせいか咳き込んで喘息のようになっていたのに、一切しなくなりましたから。

 やっぱり食べ物と、それを作る空気と水のおかげでしょうね。

よしこ その自然の恩恵をダイレクトに得られる春の山菜と秋のキノコのおかげかもしれない。

 山に入って、全身筋肉痛になるくらい本気で採ってるからね(笑)。

よしこ 季乃も、自分は食べるのは好きではないのに、見つけるのはすごく上手。校庭にキノコが生えてたよって、ランドセルに詰めて持って帰ってきてくれるんです。

 先生には「毒かもしれないから採ったらダメよ」と言われているけど、我々と一緒にキノコ刈りに行ってるから、食べられるキノコかどうか、わかってるんですよね。

―― 景さんの仕事も、大きく変化しましたか?

 デザインの仕事を突き詰めたいと思っていたら辛くなっていたかもしれません。でも僕はこだわりがないから、デザインも写真も〈拓真館〉の仕事も、もっと言えば草刈りや枝拾いだって並列に考えているから。むしろそういう自然との関わりがなければ、こっちに来た意味がないと思っています。

よしこ 朝4時半からシャンシャンっていう音が聞こえてきたなと思ったら熊笹を刈っていたりして、別人のように庭仕事をしていますね。熊笹が生えてしまうと、素敵な“雑草”も山菜も生えてこなくなってしまうから、確かにやるしかないんだけれど。

 町内会の付き合い的なものにも、めちゃくちゃ呼ばれるし、きちんと参加しています。おかげ知り合いが増えたし、町の仕組みもわかってきた。

―― 家族として、街に溶け込もうとしていると。

 僕らはまだこの地に植えられたばっかりですから。何か新しいものを作りたいわけではなくて、元々あるものを活かすっていうのが、基本的な姿勢なんですね。〈拓真館〉自体が元々は廃校の体育館ですし、このレストランも元教員住宅だった建物。おじいさんが改装して使っていたけれど、長らく使われていなかったものを自分達で手を入れて、レストランにしたんです。人も建物も自然も、この土地ならではの良さがたくさんあるから、それをそのまま受け入れたらいい。

よしこ 私も住んでからの方が、ずっと美瑛が好きになりました。この〈拓真館〉の庭も、なんとなく“植物”として見ていたものが、一つずつきちんと見たら、それぞれに花が咲いて実がなって、実は誰かが植えて育っていたものなんですよね。漠然と“庭”と思っていたものが、実は誰かが植えていたからこんなに森として育っているんだって気づくんです。自分達が3年住んでぱっと植えただけではあり得ない景色だから。

 父が植えたものもあるし、おじいさんの代からボランティアで手伝ってくれていて、僕らの山の師匠でもある黒川さんが山野草を下ろしたものもある。時間の蓄積が、この庭の森になっているんですよね。

よしこ 私たちも何十本植えたかわからないけど、まだまだ小さいんです。急にライラックが1本だけあって、どうして?って聞くと、本当は25本植えたのに、日当たりが悪くてその1本だけが残ったらしい。自分でもライラック植えてみたけれど、全然育たないんです。だからこの森に適するものと適さないものがあって、それも住んでみて、初めてわかる。

 もちろん自然に生えているものもあって、そうやって折り重なって風景は生まれていて、その中に少しずつ、自分達も馴染んでいけたらいいなと思うんです。

よしこ 子どもはやっぱりその馴染むスピードが速いから、季乃に引っ張られるようにして、風景の一部になっていくのだと思います。