INTERVIEW

自由な心と安定のルーティンが、
いつも一緒にいられるように。

自由な心と安定のルーティンが、
いつも一緒にいられるように。

かつて都内で書店〈UTRECHT〉を営み、〈TOKYO ART BOOK FAIR〉の立ち上げに携わっていた江口宏志さんが、まったくの異業種である蒸留家を目指してドイツに移住したのは、もう10年以上前のこと。イラストレーターである妻の山本祐布子さんと共に、子育ての真っ只中でした。帰国後の2016年に千葉県大多喜町にあった薬草園を改修し、ふたりの娘の名前を冠した〈mitosaya薬草園蒸留所〉を立ち上げます。東京、ドイツ、千葉と、暮らす場所を軽やかに変えてきたふたりは、どのように子育てと向き合って来たのでしょう。異なるパーソナリティで、互いを補完する両親の姿を見ながら、子どもたちは少しずつ自分なりの生き方を見つけていくのかもしれません。

――江口さん一家は、東京からドイツへと家族で移住し、蒸留場で働いたのちに千葉での暮らしをスタートさせました。ふたりのお子さんたちは、どのタイミングで生まれたのですか?

山本祐布子(以下、山本) 長女の美糸ちゃんが生まれた時には中目黒に住んでいました。震災があった年ですね。2013年に世田谷の田園調布に引っ越して、その年に次女の紗也ちゃんが生まれて。子どもがふたりになって、てんやわんやになったけれど、美糸ちゃん4歳、紗也ちゃん2歳の時にドイツに移住しました。夏の収穫期からそれが形になる次の春までの1シーズン。その後、日本のフルーツやハーブを使って蒸留酒を作る、自分たちの蒸留所を作りたくて戻ってきました。

江口宏志(以下、江口) 千葉で暮らし始めて、蒸留所で酒を作るための酒造免許を取るまでに2年間かかっているんです。事業を始めるタイミングを無理やり生活に合わせましたね(笑)。

――東京、ドイツ、千葉と環境が大きく変わったことは、家族にどんな影響がありましたか?

山本 家族はチームみたいな感じなので、いつも一緒ですよね。景色は変わっても、いる人はいつも同じ。だからなんとかやって来られたのかなと思いますね。千葉に引っ越して来た時には暮らす家もなかったから大変でした。敷地と建物はあったけれど、本当にボロボロの宿直室みたいなところに布団を敷いて暮らしていたので、思い返してみたら、辛かったのかもしれない。でも、子どもたちが仲良くしていたから、ふたりの雰囲気に助けられたかな。夫婦ふたりでいたら、もう辛い……、となっていたかも(笑)。やっぱり子どもの明るさみたいなものが支えになっていたと思います。

――自然環境が豊かな土地に暮らし始めたことによって、子どもたちに変化はありましたか?

山本 どうだろうな。正直、どこにいてもあまり変わらなかったかもしれません。ここに暮らし始めたからと言って、突然、自然児になるわけでもなく、割とインドアで本を読んだりするのが好きだから。子どもたちがどんな風に感じているのか、聞いてみないとわからないですけれど。
 私がすごくルーティンを守るタイプの人間なんですね。宿直室のような部屋で、カセットコンロで調理するしかなくても、決まった時間にきちんと朝ごはんを食べる生活を送っていたんです。子どもの生活リズムや時間がずれないように気をつけていたから、どこに暮らしていても関係ないというか。元々、私がそういう人なんです。特別に生活リズムを大事にしたいというわけでもなく、ずっとフリーランスで仕事をして来たので、時間の区切りを自分で決めないといけない。だから生活においても時間を守ったり、きちんとスケジュールを組んだりすることが、必要だったんです。

――江口さんは、子育てにおいて大切にされていることはありますか。

江口 とうとう僕が子育てについて語る日が来ましたか。これは新しいな(笑)。祐布子さんは言わなかったけど、もう彼女が全部してくれています。ただ、僕は好き勝手にやっているように見えるけれど、「こういう環境で子どもが育ったらいいな」みたいなことまでは一生懸命に考えているつもり。いわば方針の前の大方針について、ですね。本屋さんって、基本的には自分で完結できてしまう。自分とその周りの関係性で成立してしまう仕事なので、次は否応なく家族が巻き込まれるようなことがいいなと思ったんです。環境が大きく変わったとしても、祐布子さんは日々のルーティンをきちんと守れる人だから大丈夫だろう、と。願わくば自然が豊かで、しかも家族が一緒に働いている姿も見えるという場所にしたかった。親が「アレしろ、コレしろ」と言ったところで、自分のことを思い出しても逆効果でしかないから。自分たちにできることは、「こういうことをやっている」という姿を見せることぐらいしかない。だから、それが見えるような場所づくり、環境づくりをやったんです。

山本 朝起きて洗濯して朝ごはんを作って、仕事をするっていうことは、どこにいてもやらなきゃいけないこと。私はそれを続けているだけだから。フリーランスなので、どこでも仕事ができるから、ドイツで暮らすような心が乗って楽しそうなことをきちんとできたのかなと思っていますね。

――お子さんたちは、今、暮らしている環境の面白さにいつか気づくのでしょうか。

江口 それは、どうかな~。彼女たちにとっては当たり前のものだから。ただ学校では時々、自給自足の生活をしていると思われているみたい。

山本 そう思われていることにすごく憤ってますね。全然、そんなことないのに。

江口 僕の中には「子どもたちが、こういう大人になったら楽しい」みたいな気持ちもあるから、学校案内を取り寄せて机に置いていたりするんですね。進学を考えると選択肢が多いエリアではないから。

山本 でも、うちの子たちはどちらかと言えば保守的な性格だと思うから、突然、遠くの学校に飛び込むことは現実的ではないのかなって私は思うんです。きっと自分の意志でやりたいと思った時には、ポーンと飛んで行ってしまうから、焦らなくてもいいのかな。実際、長女は全寮制の中学に入っているんですが、それも自分自身で決めたんです。この場所を見せていることが、きっと全部に繋がっていくと思うから。

江口 父親としては、めちゃくちゃ寂しいですけどね。だって全然、帰って来ないから。すごく遠かったら諦めがつくけれど、家からすごく近いんですよ。それなのに、なぜ全寮制の学校に行くんだろう。どうせなら北海道の農業高校が舞台の漫画『銀の匙』みたいに遠くに行ってほしい。ふたりが手に取るように、高校の学校案内だけでなく、おすすめの本や漫画を机に置いて、種を蒔いてます(笑)。でも、今では娘たちから最近の作家を教えてもらって読むことも多々ありますね。音楽もそう。車に乗っている時に聞く音楽の半分くらいは、彼女たちに任せるんです。好きな曲で盛り上がっているけれど、選ぶ曲のほとんどが、めちゃくちゃビートが早くて声が高いんですよ。それでも我慢して聞いていると、同じように聞こえていた音楽にも、こんなにも豊かな世界があったのか、ってね。

山本 親子と言うよりも、だんだん友達同士みたいになって来ますよね。お菓子を作っていると手伝ってくれたり、私にとってはなんだか分かり合える友達が増えた感じ。

――この環境は、そもそもおふたりが自然が好きだから選んだものですか?

山本 私は毎日、庭仕事をしているので、好きではないとは言えないですね。楽しいです。夏場はまだ涼しい朝4時半ごろからちょっとやろうかなと、庭に出ているくらいだから。

江口 僕は基本的に田舎育ちなので、好きも嫌いもない、と言うか。でも大人になったら自然に触れることはすごく新鮮だし、こういう仕事なので「この植物はお酒になるんじゃないか」っていう目で自然を見始めたら、宝の山に見える。そうすると、好きと言うか、大好きみたいになっちゃう(笑)。自然の中にいるのに、目が「¥」マークみたいな。ただ、やっぱり勝手に花や実が降ってくるわけではなくて、普段からきちんと植物を見て、タイミングを見極めるようずっと観察しているからわかるんですね。そうやって解像度を上げて違う目線で見ていると、発見もたくさんあって、面白くてしょうがない。だから、好きどころじゃないですよ。植物観察から蒸留して、お金になるところまで、すべて循環していますから。

山本 だから自給自足って言われるのかもしれない(笑)。

江口 ある意味で、情報が遮断されているから知らないだけかもしれないけど、子どもたちは、集中した時間を持っている気はしますね。いろんなことにじっくり向き合うというか。本を読んだり、姉妹で新聞を作ったり。スマートフォンが欲しいとも言わない。田舎なので、まあ、のんびりはしてますから。

山本 別に自然がすごく好きというわけでもないしね。でも、それでいいと思う。

PROFILE

mitosaya薬草園蒸留所

元々薬草園だったという広大な敷地で、季節の果樹・薬草・ハーブを栽培し、170種を超える蒸留酒をつくる。この場所で、発酵からボトリング、販売まで行っている。

ACCESS
千葉県夷隅郡大多喜町大多喜486
大多喜駅、バス停留所からは徒歩(約20分)またはタクシーが便利